特報7.関東地方の地震活動とフィリピン海プレートの沈込(2018年8月17日)

7.1 関東地方と房総三重会合点

 関東地方は本州弧と伊豆弧の接合部に当たり,日本列島の中央に位置する.日本海溝・相模トラフ(Trough)に囲まれた同地方は,関東山地・丹沢・伊豆の地質体を有し,中央構造線(MTL)・柏崎-銚子線・糸魚川-静岡線・棚倉構造線(TL)・双葉断層などの構造線によって切断されている(図223).MTL(中央構造線)は,西南日本の中央を縦断して関東地方に到る第一級の構造線である.

図223 関東地方のテクトニクス区分. Click拡大

 構造線・地塊(黒色)・プレート(赤色)・プレート沈込境界(青色)・房総三重会合点・日本海溝軸輪郭小円区分(緑色).

 関東地方南東沖の日本海溝・伊豆海溝・相模トラフの交点は,太平洋プレート・フィリピン海プレート・北米プレートが会合する房総三重会合点である.太平洋プレートは,日本海溝に沿って北米プレート,伊豆海溝に沿ってフィリピン海プレートの下に沈込でいる.フィリピン海プレートは,相模トラフに沿って北米プレートの下に沈込む.このように3つの沈込プレート境界が会合している三重会合点は,地球上で房総沖にしか存在しない.

 関東地方の下にはフィリピン海プレートの伊豆弧が沈込だ関東スラブ(Slab)と,太平洋プレートの太平洋底が沈み込んだ太平洋スラブが共存する(図224).これらのスラブの状態はプレート運動とともに変化するため(新妻,2007;2010),関東地方の地震活動は複雑で特異なものとなっている.

図224 房総三重会合点の海底地形とプレートの関係. Click拡大

 日本海溝に沿って太平洋プレートが北米プレートの東北日本弧の下に沈込み,伊豆海溝に沿って太平洋プレートがフィリピン海プレートの伊豆弧の下に沈込むが,関東地方では太平洋プレートが北米プレートの下に沈込む間にフィリピン海プレートが挟まって沈込んでいる.

7.2  関東地方と海溝軸輪郭小円区分

 関東地方の地震活動を解析するためには,関東スラブと太平洋スラブのプレート運動を検討する必要がある.

 太平洋スラブ沈込との関係解析には,日本海溝軸輪郭の屈曲に基づく小円区分を使用する.関東地方は,日本海溝軸輪郭小円区分では,鹿島小円区と鹿島小円南区に位置する.図223右縁の緑色字が小円区名で緑色斜線が小円区境界である.

 関東スラブ沈込との関係解析には,相模トラフ軸輪郭の屈曲に基づく小円区分を使用する.この区分で関東地方は,勝浦・石堂・野島・足柄東・足柄の小円区に区分される(図225).小円区の範囲は緑色の扇型で表され,扇の要が小円中心になる.小円中心の位置は,沈込境界が小円中心から等距離になるよう算出されている.

図225 相模トラフ軸輪郭小円区分. 緑色の扇型が小円区境界.扇の要が小円区の中心.相模トラフまでの距離が等しくなるよう中心位置が算出してある.

7.3 東北日本弧・関東地方境界

 東日本弧(東北日本弧から関東地方)の初動発震機構解は,日本海溝から沈込む太平洋スラブと東日本弧地殻との間に分布している.東日本弧地殻内の震源は,関東地方内陸部から日本海沿岸に多数分布するが,海溝距離200km以内の関東平野部では地殻下の太平洋スラブおよび関東スラブ内震源を主体としている(図226).

図226 日本海溝輪郭軸小円区分による関東地方の初動発震機構解. Click拡大 左:震央分布図,左:海溝距離断面図.

 島弧地殻内地震を除いた初動発震機構解は,中央構造線(図223:MTL)に沿って震源が密集し,その北縁は地震空白域で区切られている(図227).この空白域の北東方は北西-南東方向の主応力軸を持つ震源が北東-南東方向に規則的に配列する東北日本弧である.東北日本弧の震源は海岸線よりも西側で急減する.この急減境界は「アサイスミックフロントAseismic Front」と呼ばれ(吉井,1979),島弧マントルが高温のため地震を伴う破壊を起すことができなくなる境界と考えられている.東北日本弧ではこの境界が海岸線付近に位置するが,関東地方では海岸線よりもはるか西側の関東山地北東縁まで突き出している.空白域を境界にしたこの相違は,関東平野下のマントルが海岸線よりずっと内陸側まで地震を起こせるほど低温であることを示し,関東平野下に相模トラフから低温の関東スラブが沈込でいることによって説明できる.

図227 日本海溝輪郭軸小円区分による本州島弧域の地殻内地震を除いた初動発震機構解. Click拡大 日本海溝の西方に震源が多数分布するが,東北日本弧の海岸線付近で震源が急減し,アサイスミックフロントと呼ばれている.関東地方ではこの急減境界が西側に突出している.関東平野域北縁に中央構造線沿震源密集帯がある.左:震央分布図,右:海溝距離断面図.

 M3.8以上の地震活動についてはCMT発震機構解によって海域についても検討することができる(図228).CMT解でも東北日本弧と関東地方との相違が確認できる.関東地方の北縁をなす中央構造線沿震源密集帯は海域まで連続し,南南東方に向きを変え房総三重会合点へ向って伸びている.この延長方向は伊豆海溝軸の北方延長と一致している.伊豆海溝軸はフィリピン海プレートの東縁であるが,この延長方向に中央構造線沿震源密集帯が位置することは,中央構造線沿震源密集帯が相模トラフから沈込だ関東スラブ北東縁に対応していることを示している.

 東北日本弧では太平洋スラブが東北日本地殻の下に直接沈込でいるが,関東地方ではその間に楔のように関東スラブが挟在している(図224).このスラブ縁が太平洋スラブ表層に接触し,地震を多発している地域が,房総三重会合点から中央構造線沿震源密集帯に相当する.

図228 日本海溝輪郭軸小円区分による本州島弧域の地殻内地震を除いたCMT発震機構解.  Click拡大 CMT発震機構解でも初動発震機構解と同様に東北日本弧と関東地方の間の鹿島灘・茂木に震源空白域がある.その南に関東平野域北縁の中央構造線沿震源密集帯がある.東北日本弧と関東平野の間に震源空白域がある.左:震央分布図,右:海溝距離断面図.

7.4 太平洋スラブに残された関東スラブの傷跡

 海溝距離300km以上の日本列島下太平洋スラブ内地震は初動発震機構解によって詳細に解析できる.震源は関東山地北縁をなす中央構造線沿って並んでいる.この震源列はそのまま西方に伸び,能登半島南方にまで達している(図229).太平洋プレートの北米プレートに対する相対運動方位は,房総三重会合点を通過する鹿島小円区と鹿島小円南区境界線方向であるが,太平洋スラブ内震源列がほぼその運動方位に沿っている.また,太平洋スラブ内震源列の東方延長にCMT解によって明らかになった中央構造線沿震源密集帯が位置していることは,日本列島下に沈込だ関東スラブ縁が太平洋スラブに接触して残した痕跡であることを示唆している.

 以上のことから,プレート運動の進行とともに房総三重会合点の周囲で起こるテクトニクス過程が現在の地震活動にも現れていることが理解できるであろう.これは逆に,房総三重会合点の周りのテクトニクス過程の理解なしに関東地方の地震活動を理解できないことを意味している.

図229 日本海溝輪軸郭小円区分による海溝距離300km以上の太平洋スラブ内震源.Click拡大 中央構造線沿震源密集帯の西方延長に震源が能登半島南方まで並んでいる.左:震央分布地図,中:日本海溝距離断面図,右上:縦断面図,右中:時系列図,右下:主応力軸方位図.

7.5 相模トラフ・神縄断層・駿河トラフから沈込む関東スラブ

 房総三重会合点のテクトニクスはプレート運動の進行とともに変化するが,最初に現在のプレート境界に沿う地震活動を検討する.相模トラフから北米プレートの下に沈込む関東スラブの地震活動を相模トラフ軸輪郭小円区分(図225)で検討する(図230).

 相模トラフ軸から同心円状屈曲して沈込む関東スラブ上面に沿う地震は,足柄小円区の丹沢・伊豆境界の神縄断層沿いに認められる.神縄断層沿いで沈込を開始した関東スラブ上面付近の発震機構は逆断層p型が密集している(図230中下).神縄断層は,北米プレートの丹沢地塊にフィリピン海プレートの伊豆地塊が衝突している境界であるので,逆断層p型であることは頷ける.その下の深度128kmで正断層t型地震が起こっている.

図230 相模トラフ軸輪郭小円区分による相模トラフから沈込む関東スラブ内地震の初動発震機構解.  Click拡大 相模トラフから同心円状屈曲を仮定した関東スラブ上面付近と相模トラフから急角で下方に震源が配列している.左:震央分布地図,中:トラフ距離断面図,右上:縦断面図,右中:時系列図,右下:主応力軸方位図.

 相模トラフ沿いでは関東スラブ上面より深い震源が主体であり,相模トラフ軸から高角に並んでいる.最深震源は西から東へ,足柄小円東区で110km,野島小円区で91km,石堂小円区で85km,勝浦小円区で72kmと次第に浅くなる.

 東ほど浅くなる最大深度を,日本海溝軸輪郭小円区分による太平洋スラブ上面に対応させると,日本海溝に向かってスラブ上面が浅くなることと対応している(図231).これらの震源は,太平洋スラブ上面からの深度が35km以内に収まる太平洋スラブ表層の地震であり,関東スラブの接触が太平洋スラブ表層の地震を起こしていることを示している.最も東側の銚子沖の震源は,図228に示した中央構造線沿震源密集帯の南東方延長である.

図231 日本海溝軸輪郭小円区分による相模トラフから沈込む関東スラブ内地震の初動発震機構解. Click拡大 関東スラブ内震源は,日本海溝から同心円状屈曲を仮定した太平洋スラブ上面よりも下の太平洋スラブ内まで伸びている.左:日本海溝軸輪郭小円区分の震央分布,右上:海溝距離断面図,右中:縦断面図,右下:時系列図.

 この太平洋スラブ表層の地震を解析するため,太平洋スラブ内震源のみを検討する(図232).関東スラブと太平洋スラブの接触は,伊豆海溝と同じ太平洋プレート・フィリピン海プレート間プレート相対運動で,やや北寄りの東西方向(図229右下の主応力軸方位図中央付近の鹿島小円南区から鹿島小円南区の紫色折れ線)で太平洋スラブが西方に年間6.1cmの速度で沈込でいる.太平洋スラブ表層地震の発震機構解は,逆断層p型が15個・圧縮横擦np型が31個,引張横擦nt型が4個,正断層t型が22個と圧縮優勢で圧縮主応力P軸方位はプレート相対運動方向の西向きを主体としていることから,関東スラブと太平洋スラブの接触が原因と言える.相模トラフの方向が太平洋スラブの相対運動方向に沿っているため,相模スラブが太平洋スラブに接すると相模トラフ方向に引摺られ,高角で沈込むように震源が配列する(図230中).

図232 相模トラフから沈込む関東スラブによる太平洋スラブ内地震. Click拡大 日本海溝軸輪郭小円区分による海溝距離断面(右上)では,太平洋スラブ上面から35km以内の深度範囲で起こっている.

7.6  関東平野下の震源空白域と密集域

 関東地方の震源は,平野部に多く,中央構造線以北と関東山地では急減する(図227).関東平野域の初動発震機構解震央分布には,地震のない震源空白域と震央間距離が10km以内に集中する震源密集域がある.

 最大の空白域は「成田」で,その西方に「所沢」,中央構造線の北側には「茂木」・「鹿島灘」の空白域がある(図233).茂木と鹿島灘の空白域は東北日本弧と関東地方の境界(図227)に当たる.

図233 関東地方の震源空白域. Click拡大 震源は初動発震機構解.成田空白域が震源分布を分けている.茂木・鹿島灘の空白域は東北日本弧との境界.

 空白域の間を埋める密集域は西北西-東南東方向の中央構造線沿および南北方向に並んでいる(図234).中央構造線沿いの密集域を,西から「五霞」・「佐原」・「飯岡」・「銚子」・「鹿島沖」・「銚子沖」と名付ける(図234左).「五霞」から南北に並ぶ密集域を北から,「下館」・「下妻」・「五霞」・「千葉」と名付ける.また,南北列の西側の密集域に北から「岩槻」・「東京」・「丹沢」と名付け,東側の密集域に北から「茂原」・「南総」と名付ける.これらの密集域では逆断層p型震源(赤色)が優勢である.

図234 関東平野下の震源密集域. Click拡大 震源は初動発震機構解.相模トラフ軸からの同心円状屈曲沈込を仮定して算出されたスラブ上面深度の下に収まっている(右上).太平洋スラブ上面より下のスラブ内にまで震源密集域が連続している(右下).左;相模トラフ軸輪郭小円区分の震央分布地図,右上:相模トラフ距離断面図,右中:石堂小円区縦断面図,右下:日本海溝軸輪郭小円区分の日本海溝距離断面図.

 五霞・下館・下妻・佐原・飯岡・鹿島沖・銚子・銚子沖の密集域が中央構造線沿密集帯(図227)を構成している.

 相模トラフ軸の石堂小円の海溝距離断面図では(図234右上),相模トラフからの同心円状屈曲によって算出された関東スラブ上面以深に主要震源密集域が位置している.算出関東スラブ上面には,茂原・佐原・銚子沖・五霞.下妻の密集域が並んでいる.このように密集域が並ぶことは,算出関東スラブ上面が関東スラブとマントルとの力学に関係しているからであろう.

 算出面以浅に銚子密集域が孤立している.銚子密集域の深度は1~29kmの島弧地殻深度範囲に入る.石堂小円区の縦断面図(図234右中)と日本海溝の鹿島小円区海溝距離断面図(図234右下)でも銚子密集域は浅所に孤立し,特異な存在である

 関東スラブ深部と太平洋スラブの関係を日本海溝の鹿島小円区海溝距離断面図(図234右下)で検討すると,算出太平洋スラブ上面に沿って密集域が並んでいることは,関東スラブと太平洋スラブの接触が関東平野下の力学状態を支配していることを示している.銚子沖・千葉・南総・下館の密集域は,算出太平洋スラブ上面深度よりも下の太平洋スラブ表層にまで伸びている.銚子沖と南総の密集域は現在のプレート境界の相模トラフから沈込でいる相模スラブによる太平洋スラブ表層の震源であり(図232),他の密集域も過去の関東スラブと太平洋スラブの接触による太平洋スラブ表層の破壊に関連しているであろう.

 鹿島小円区の海溝距離断面図(図234:右下図)では,日本海溝に沿って沈込む太平洋スラブ上面の上に弓形に上位から丹沢・東京・五霞・下妻・千葉・下館・岩槻の密集域が並んでいる.海溝距離300km付近の頂部は伊豆諸島や伊豆半島の載る伊豆弧頂軸に当たり,その左側に傾斜する震源面は駿河トラフに沈込む駿河スラブで,右側は関東平野下に沈込んだ関東スラブである. この弓形の震源分布は,地表の人工振動を避け地下深部に設置された防災科学技術研究所の首都圏地震観測網による初期観測(1973~1976年)によって明らかにされており,その震源分布に基づいて予想された関東スラブ形状(新妻,1982;図235)を支持する.

 弓形の震源密集域の分布は,石堂小円区の縦断面図(図234右中)でも認められ,その東縁を画する成田空白域が東側の佐原・飯岡・茂原の密集域列を分断している.鹿島小円区の海溝距離断面図(図234右下)でも成田空白域による分断が認められる.

 関東平野下に沈込む関東スラブを,相模トラフから現在沈込でいる「相模スラブ」,丹沢密集域から続く弓形の南北密集域列の「丹沢スラブ」,成田空白域の東側密集列の「上総スラブ」と名付けて区分する(図234右中).

図235 関東スラブと太平洋スラブの沈込形態(新妻,1982).

7.7 地質記録に基づく関東構造盆地と九十九里トラフ

 関東平野は日本列島最大の平野であり,日本の地質学の発展とともにその成因が検討されてきた.海水準変動や河川の浸食・埋積などの地表の変動では説明できず,地質構造運動の関与が必要なことから関東構造盆地が提唱された(矢部・青木,1927).1960年以降,浮遊性微化石・地磁気極性層序の確立,堆積物の供給源・供給方位の堆積学的検討,底棲微化石による古水深解析などの地質学の発展と多数のボーリング井試料(図236:黒丸=大陸棚,白丸=深海)によって,関東構造盆地は利根川流域を沈降軸とする堆積盆地が250万年前に形成され,50万年前にその沈降が停止し,急速に埋積されて現在の関東平野になったことが明らかにされた(新妻,1982).利根川流域に沿う沈降は,現在の相模トラフに沿う沈降と類似していることから「九十九里トラフ」と名付けられた.ただし,ボーリング井底から関東山地に露出する古期岩類が採取されており,九十九里トラフは相模トラフのように海洋底の沈込によって形成されたのではなく,関東山地のような島弧地殻が利根川に沿って沈込で形成されたと考えられる.

図236 地質学資料から復元された九十九里トラフ. Click拡大 丸印:ボーリング試料位置(黒丸:大陸棚化石群集,白丸:深海化石群集),数字:250万年前(2.5Ma)から50万年前(0.5Ma)までの堆積物層厚,矢印:タービダイトの流下方向,スランピング:海底堆積物の大規模地辷方向.

 銚子半島の屏風ヶ浦には深海底堆積物が海底地辷を起こし折重なったスランピング構造が露出しており,海底堆積物が地辷を起こしても停止できる沈降軸付近であることを示している.辷った方向は,スランピングの形態と古地磁気から九十九里浜の方向と同じ北東方向である(Niitsuma,1977).

 利根川沿いの「銚子」震源密集域の深度は島弧地殻程度と浅く,島弧地殻内の不連続の存在を示している(図237).この地殻内不連続は250万年前から50万年前の九十九里トラフの沈降軸に良く対応しており,「九十九里スラブ」と名付け,他と区別する.

図237 銚子震源密集域の震源分布. Click拡大 利根川河口銚子付近の島弧地殻相当深度範囲に分布し,九十九里スラブ沈込に対応している.地震は東日本大震災直後の2011年3月16日から発生.

7.8 丹沢・伊豆の衝突と関東平野下の震源密集列

 関東平野の西側は,南部フォッサマグナ地域と呼ばれ,本州弧と伊豆弧の接合部として日本の近代地質学誕生時から注目されてきた(Naumann, 1885).1980年代には,国際研究事業「リソスフェア探査開発計画DELP」で地球科学的総合研究が実施され,プレート運動に伴う本州弧と伊豆弧の衝突過程が解明された(Matsuda & Niitsuma, 1989 eds; Niitsuma., 1991 ed;図238).

図238 南部フォッサマグナの地質図と衝突時期区分. Click拡大 南部フォッサマグナの地質は,丹沢・伊豆地塊の衝突によって支配されているが,この2つの衝突過程には共通した1~5の時期区分ができる.衝突(時期4)は丹沢が550万年前,伊豆が100万年前.

 丹沢地塊は中央高速道が通る藤ノ木-愛川構造線に沿って関東山地に衝突し,伊豆地塊は,東名高速道が通る神縄断層に沿って丹沢地塊に衝突している.衝突によって大量の礫が衝突境界に供給され埋積したため厚い礫岩が堆積し(時期5),首都圏の建造物の骨材として採取されている.

 衝突地塊の頂部は,現在の伊豆七島のように浅海から海上に出ていたが(時期2),衝突前に深海泥が堆積し(時期3),次第に礫質な堆積物に覆われる(時期4).時期3の深海泥の堆積は,衝突地塊が衝突前に沈降したことを示しており,沈込境界に接近したことを物語る.この堆積周期は,丹沢地塊と伊豆地塊の北縁に共通して認められ,700万年前と200万年前に開始している.

 フィリピン海プレート運動から算出した伊豆半島と丹沢地塊(図239:黒色)は,現在の伊豆七島付近に位置し,地質記録からの推定を支持している.フィリピン海プレートがプレート運動を開始した700万年前から,丹沢地塊北側のスラブは関東山地の下に沈込みプレート運動を消化していたが,丹沢地塊の衝突によって消化できなくなり,伊豆地塊北側スラブが丹沢地塊南縁への沈込むことによってプレート運動の消化を担った(図240).

図239 伊豆・丹沢地塊の200万年前と500万年前の位置. Click拡大 フィリピン海プレート運動を過去にさかのぼると伊豆・丹沢地塊(黒色)は南東に移動するが,伊豆海溝の位置も移動する.房総三重会合点で会合する日本海溝の位置も移動する.この移動が日本海溝を弧状に屈曲させた.

 沈込境界が丹沢地塊北側から伊豆地塊北側へ転移するには,丹沢地塊北側スラブが伊豆地塊北側スラブから切断されなければ丹沢地縁南側で沈込を開始できない.丹沢地塊北側スラブも伊豆北側スラブもその東側は関東平野下に沈込でいるので,丹沢・伊豆の多重衝突が起こっていれば関東平野下には丹沢地塊北側スラブと伊豆地塊北側スラブとの2枚のスラブが沈込でいるはずである.

 中央構造線北側までの関東平野下震源密集域のほぼ中央付近に「成田空白域」があり,北西側の震源密集列と南東側の震源列を区分している(図234).衝突前の丹沢・伊豆地塊のプレート運動方向は北西方向であるので,北西側の「丹沢スラブ」震源密集列を丹沢地塊,南東側の「上総スラブ」震源密集列を伊豆地塊に対応させることができる.

図240 スラブ沈込と丹沢地塊・伊豆地塊の衝突. Click拡大 衝突前のスラブ沈込によって衝突地塊も沈降して深海成泥が堆積し,衝突による隆起によって大量の礫が供給され,沈降部は埋積される.伊豆地塊に衝突された丹沢地塊は褶曲隆起してマグマ溜が固結したトーナル岩が露出している.

7.9 太平洋スラブに残された傷跡と丹沢・伊豆衝突

 太平洋スラブ内震源は関東平野下の中央構造線沿震源密集帯の西方延長であり,能登半島南方まで並んでいる.これらは,関東スラブに接触された傷跡と考えられる(図229).地質学資料によって関東スラブの沈込年代と沈込境界の転移が明かになったので(図238),以下に太平洋スラブ内震源の配列との比較を試みる.

 太平洋プレートが日本海溝外の同心円状屈曲頂を通過する100万年前から20万年毎に600万年前まで太平洋スラブ上面の位置を算出し(図241:緑色網),震源の位置と比較検討する.左上がりの緑色線網目が太平洋スラブ上面の移動方向で,それに直交する網目が20万年毎の位置である.能登半島南方の震源は,600万年前までの網の外100万年分に位置するので,同心円状屈曲頂を700万年前に通過して沈込だ太平洋スラブ内で起こっていることになる.しかも,その沈込開始位置は,現在の房総三重会合点付近で,中央構造線沿震源密集帯よりも5目盛程南方である.沈込位置の南方からの移動は500万年前の太平洋スラブまで続き,ほぼ現在の位置に到っている.これらは,丹沢スラブが700万年前から沈込み,500万年前に丹沢地塊が関東山地と衝突したことと良く対応している.

図241 太平洋スラブ内震源と太平洋スラブ沈込年代. Click拡大 震源分布は図7と同じ.緑色網(左上方線:太平洋スラブのプレート運動方向,左下方線:太平洋スラブの日本海溝外の同心円状屈曲頂通過年代の100万年前から600万年後まで20万年毎の位置).

 南部フォッサマグナの周辺で日本列島の帯状構造が大きく北西側に屈曲している.古地磁気方位はこの屈曲が1000万年前以後に起こったことが示している(図242).衝突前の丹沢地塊の位置が現在の日本海溝軸と南海トラフ軸をつなぐ破線の外側に位置することから,丹沢地塊の衝突によって南部フォッサマグナ周辺の帯状構造がフィリピン海プレート沈込境界とともに大屈曲したと考えられる.このような大屈曲による丹沢地塊の北方移動が,太平洋スラブ内震源位置の北方移動と対応する.

 500万年前の丹沢地塊の衝突によって日本列島の島弧地殻の大屈曲が進行するが,衝突によるプレート相対運動を消化できなくなり,伊豆地塊の上総スラブが沈込を開始する200万年前より前に上総スラブが丹沢スラブから切断される.島弧地殻の屈曲応力は,丹沢衝突末期のスラブ切断期に最大になることが予想されるが,この250万年前に島弧地殻内で九十九里スラブの沈込が開始されている.

図242 丹沢地塊の衝突と南部フォッサマグナ周辺の帯状構造の大屈曲と古地磁気方位. Click拡大 数字(帯状構造)[1=飛騨帯,2=飛騨外縁帯,3=美濃帯,4=領家帯,5=三波川帯(黒色),6=秩父帯,7=四万十帯],4と5の境界がMTL(中央構造線;図223).白矢印:帯状構造大屈曲にそって変化している2500万年前から1000万年前の古地磁気方位.

7.10 関東平野下の関東スラブ地震活動と日本列島の応力状態

 関東平野周辺の地質構造発達史を参照することによって関東平野下の地震活動を「丹沢スラブ」「上総スラブ」「相模スラブ」「九十九里スラブ」に区分することが可能になった.これらのスラブは,南部フォッサマグナの丹沢地塊・伊豆地塊および日本列島島弧地殻から連続し,太平洋スラブと接触している.このため,日本列島に働く諸応力変動に対し敏感に反応するアンテナの役割を果たしていると考えられ,地震予報に重要な役割を果たすことが期待される.

 九十九里スラブを表す銚子震源密集域の地震活動は,東日本大震災直後の2011年3月16日から開始され(図237),これによって関東スラブの完全区分に到達することができた.

 1994年以前の地震活動については,被害歴史地震の規模と震源位置(宇佐美,2003)を使用することができる.西暦1200年以降の被害歴史地震の総地震断層面積はプレート相対運動面積の89%に達しており,主要な地震活動を捉えていると言える.これらの地震記録でも,中央構造線沿震源密集帯・震源密集列・成田空白域が認められ,現在の関東スラブ区分の適用が可能である(図243).これらを用いれば,約1000年間に渡る地震活動を房総三重会合点周囲のプレート運動と関連付けることができる.

 関東平野下の地震活動がどの震源密集域で起こったかを確認し,その密集域の属するスラブを識別し,発震機構によって応力場を詳細に検討できれば,日本列島で進行中の力学変動をプレート運動の枠組で捉えることが可能になるであろう.

図243 関東地方の被害歴史地震. Click拡大 歴史地震も1997年以降の地震に基づく震源密集域区分に対応している.成田空白域の存在も西暦1200年まで遡ることができ,丹沢スラブと上総スラブの切目であることを支持している.

引用文献]

Matsuda,T. & Niitsuma,N. (1989 ed.) Collision tectonics in the South Fossa Magna, Central Japan I.  Modern Geology, 14, 1-152.

Naumann, E. (1885) Uber den Bau und die Enstchung der Japanishen Inseln. R.Rriedinder und Sohn, Berlin, 91p.

Niitsuma,N.(1977) Remanent magnetization of slumped marine sedimentary rocks. Rock Magnetism and Paleogeophysics, 4, 44-52.

新妻信明(1982)プレートテクトニクスの試金石-南部フォッサマグナ.月刊地球,4,326-333.

新妻信明(2007)プレートテクトニクス.共立出版,292p.

新妻信明(2010)プレートダイナミクス入門.共立出版,276p.

Niitsuma,N.(1991 ed.) Collision tectonics in the South Fossa Magna, Central Japan II. Modern Geology, 15(4), 314-411.

宇佐美龍夫(2003)日本被害地震総覧.東京大学出版会,605p.

矢部久克・青木廉二郎(1927)関東構造盆地周縁山地に沿へる段丘の地質時代.地理学評論,3,79-87.

吉井敏尅(1979)日本の地殻構造.東京大学出版会,121p.

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