「伊勢湾・琵琶湖・敦賀湾低地帯」は,中部日本を縦断する特異な地形であり,1891年濃尾地震の小川琢治の調査に端を発する活地形研究の舞台となってきた.しかし,Plate運動論的理解に至っているとは思われず,この低地帯の南東延長線上に銭洲が位置していることも偶然とは思われない.

図9-1.中部日本赤色立体地図. Click拡大 「伊勢湾・琵琶湖・敦賀湾低地帯」は,中部日本を縦断する特異な地形であり,その南東延長線上に銭洲が位置している.
気象庁が試験公開を開始して間もない2011年3月11年に東北弧沖平成巨大地震M9.0が発生し,筆者は公表される発震機構解の解析を開始して速報・月刊地震予報・特報としてHome Page(https://niitsumageolab.dev)に公開するとともに地質学会・地球惑星合同大会の報告に専念してきた.
日本海溝域では発震機構型が平成巨大地震M9.0で明確に変化するとともに,海溝軸輪郭が海洋側に凸の日本海溝中央部と,島弧側に凸の日本海溝南・北部で明確に異なっていることが判明した(図 9-2).

図9-2, 日本海溝域の赤色立体地図(左)と太平洋Slabの沈込み様式と発震機構型(右) Click 拡大. 2011年3月11年の東北弧沖平成巨大地震M9.0によって発震機構型が明確に変化するとともに,軸輪郭が海洋側に凸の日本海溝中央部と,島弧側に凸の日本海溝南・北部で明確に異なる(新妻地質研究所速報28,2012年7月23日;新妻,2012ab).左図の四角は衛星測地によって推定された巨大地震M9.0の推定断層,数字とM はM7.0以上の規模と震央.
「海溝軸輪郭によるSlab幾何学」
島弧側に凸の海溝軸輪郭から沈込む海洋底Slabは面積過剰になるが,襞ができれば沈込める(図 9-3a).しかし,海洋側に凸の海溝軸輪郭から沈込む海洋底Slabは面積が不足し,沈込み開始とともに裂開しなければ沈込めない(図 9-3b).
紙に二重の円を描き,外円に沿って切り出し,両円の中心から放射状に直線を引き,中円の内側と外側に切れ目を互い違いに入れ,中円が嶺になるように折り曲げると,中円の内側は花蕊のように分離するが,外側は花弁のように重なり合うのと同じ幾何学的要請で,島弧側に凸の輪郭の海溝軸から沈込む海洋底は花弁のようにSlab過剰になり,海洋側に凸の輪郭からは花蕊のようにSlab不足になる(図 9-3左下写真).
Slab不足解を解消するための裂開が海溝軸まで達していなければ,その歪が海溝外に及び海溝外破断をもたらす(図 9-3c).

図9-3, 海溝軸輪郭によるSlab幾何学(after新妻,2007). Click拡大
海洋側に凸の海溝軸輪郭からの不完全裂開による海溝外破断の典型は,駿河Trough・南海Trough交点海溝外の海面上に顔を出す「銭洲」であり,海洋底Moho面が破断されている(新妻,2007).
駿河Trough・南海Troughの沈込み軸の二等分線上に銭洲と「伊勢湾・琵琶湖・敦賀湾低地帯」が位置していることは(図9-1),海洋側に凸の駿河Troughと南海Troughの接合部から沈込むSlabが海溝軸まで裂開できず歪が海溝外に及び,銭洲を海面上まで隆起させていることを物語っている.裂開が海溝軸にまで至っていなくてもSlabがある程度沈込めば裂開を開始するであろう.そのSlab裂開予想線上に 「伊勢湾・琵琶湖・敦賀湾低地帯」が位置していることは,低地帯形成にSlab裂開が関係していることを示唆している.
駿河Trough・南海Troughから沈込む四国海盆Slabは地下100㎞程度まで沈み込んでおり,そのSlab上面と島弧地殻の間に存在する島弧Mantleにも地震活動があることが,気象庁公開の震源分布と発震機構解から知ることができる(図 9-4).
日本列島の地震活動は,気象庁から公開されている5474個のCMT解と14332個のIM解および13912個の観測地震(気象庁発震機構解)に基づきPlate運動様式を共有する19の震源列Seismic Row,海溝域毎に震源列を支える48の震源帯Seismic Belt,震源帯を構成する208の震源区Seismic Divisionに分類できる.この分類に従うと駿河Troughと南海Troughから沈込む四国海盆Slabの地震活動は海溝震源列・西南海溝震源帯TrPhに属し,Slabと島弧地殻間の背弧Mantleの地震活動は背弧Mantle震源列・西南背弧Mantle震源帯bAmPhに分類される(図9-4).

図 9-4.西南海溝震源帯TrPh・背弧Mantle震源帯bAmPh初動発震機構解(地震活動図解説参照). Click拡大
沈込む四国海盆Slabが裂開していれば,Slab内や上面に沿って起こる震動の伝達経路が断たれ,震度分布(図 9-5)に影響を与えるであろう.
海溝外の「銭洲」南方深度80㎞の西南海溝銭洲TrPhZns震源区M6.6では,震度2以上が伊豆弧と紀伊半島から敦賀湾にかけて観測されているが(図9-5左下),銭洲西南西海溝外深度10㎞の西南海溝銭洲TrPhZns震源区M5.6Psでは震度2以上が伊豆弧と伊勢湾から琵琶湖東方にかけて観測されているのに紀伊半島側では1個のみで裂開の影響が伺われる(図9-5右下).
駿河Troughから沈込んだSlab上面付近の深度34㎞の西南海溝駿河TrPhSrg震源区M4.9tでは伊勢湾北東縁に沿って震度が急減し,Slab裂開を支持する(図9-5右上).
南海Troughから沈込むSlab上面付近の深度37㎞の西南海溝東南海TrPhTnk震源区M3.9psも震度2が紀伊半島に限られ,伊勢湾下のSlab裂開を支持している(図9-5左上).

図 9-5.西南海溝震源帯TrPh地震の震度分布. Click拡大 左上図に「銭洲」の位置表示. 上:海溝内の西南海溝東南海TrPhTnk震源区震源(左)・駿河TrPhSrg震源区震源(右). 下:海溝外の西南海溝銭洲TrPhZns震源区震源
「伊勢湾・琵琶湖・敦賀湾低地帯」の地底にSlab裂開が示唆されたがその具体像を検討する.
Slab不足による海溝外破断のある海洋側に凸の海溝軸から沈込むSlabには裂開形成に充分な歪が蓄積しているはずである.そのSlabが一定期間等速に沈込むと,沈込み距離とともに裂開の幅が広がるが,この関係は,海溝軸上にEuler極を置くEuler回転で記述できる.このEuler回転はPlate相対運動Euler極近傍の拡大海盆に似た形態であることが予想される.
太平洋PlateとPhilippine海Plateは,伊豆・小笠原・Marianaを経てPalau海溝まで沈み境界になっているが,Plate相対運動のEuler極を越えるとAyu海盆の拡大境界に換わる.Euler極から離れると拡大速度が増大し,Euler極を要とする少し開いた扇子のような拡大海盆になる.Ayu海盆は正にこの予想形態に合致しており,「伊勢湾・琵琶湖・敦賀湾低地帯」の地底に存在するSlab裂開は,Ayu海盆のような形態であろう(図9-6).

図 9-6, 東Asiaの赤色立体地図. Click拡大 黄海に貼り込んである四角の 地形は,「伊勢湾・琵琶湖・敦賀湾低地帯」の地底拡大海嶺に方位を合わせたAyu海盆の海底地形.
引用文献
新妻信明(2007)プレートテクトニクス―その新展開と日本列島―.共立出版,292p.
新妻信明(2012a)2011年東北地方太平洋沖地震の発生機構の解明に向けて.地球惑星合同大会S-SS39-P03.
新妻信明(2012b)東日本巨大地震前後の発震機構の相違が明かす太平洋スラブのプレートダイナミクス.日本地質学会大阪総会.
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