2012年に発生した地震個数は5月末で193個に達した.1994年以後最大であった2011年の1033個に次いで多かった2010年の165個を半年で抜き去り,活発な地震活動が続いている.本ホームページで2011年から開始した「地震予報」では,手動作図によって作成した毎月の震源震央分布図を掲載してきた.今回からこれを計算機作図に変え「震源震央分布」中の「東日本」と「日本全域」について年別および月別に閲覧できるようにし,「解説」を加えた.
2012年5月の地震活動で注目されたのは,5月19日から22日にかけて海溝軸から約40km西の三陸沖太平洋スラブ内で集中的に起こった10個の地震である.これらはM4.5からM6.0の逆断層p型地震(震源震央分布「解説」:図1)であった(図55).この地震の起こり方は東日本巨大地震(M9.0) の前に2011年2月16日と26日に起こったM4.8からM5.5の前震(図56)のように逆断層p型の地震が狭い範囲に集中して起こったので,大地震の前震かと懸念された.しかし,5月24日に正断層t型地震M4.5が起こり,大地震を起こす逆断層型応力状態が解消されたことが示された.

図55:2012年5月の三陸沖地震.2012年5月19日から5月24日の日本海溝域の地震活動図.左の震央図の扇形の線は,右の襟裳小円・最上小円・鹿島小円の断面図に対応する区域.

図56:2011年2月の東日本巨大地震前震.2011年2月16日から2月26日の日本海溝域の地震活動図.
今回の地震が起こった地域は,太平洋スラブが「く」の字型の襟裳小円に沿って沈み込み,スラブが過剰になる地域に当たることから,スラブ過剰が沈み込み障害となって起こった地震活動であろう(速報13,2011年8月:図17).
襟裳小円域と最上小円域との境界と北緯40°の緯線との間に位置する今回の三陸沖地震の震源域で,1994年から東日本巨大地震前までに太平洋スラブ内で起こった地震は,2000年7月31日M5.3,2005年7月2日M5.5と2006年8月20日M5.0,2010年8月11日M4.7の四つのみである(図57).その中で最大の2005年7月2日M5.5の45日後の2005年8月16日には,宮城県沖地震M7.2が起こっていることが注目される.同地域で1896年明治三陸津波地震後1年10ヶ月後の1898年4月23日に起こった三つ目の宮城県沖地震M7.2も起こっていることから,宮城県沖地震再来(速報5,2011年3月)の条件が整ってきていると考えられ,今月から来月にかけて厳重な警戒が必要である.

図57:1994から東日本巨大地震前までの太平洋スラブ内地震活動図.襟裳小円域と最上小円域境界線と北緯40°線の間の2012年5月の三陸沖地震の震源域では,2000年7月31日・2005年7月2日・2006年8月20日・2010年8月11日の4個の地震が起こっている.
2005年7月2日の三陸沖地震M5.5後の地震活動を見ると(図58),4日後の7月6日にも近接したスラブ上面に沿いM5.2が起こっている.45日後の8月16日に宮城県沖地震M7.2が起った.そして8月31日には海溝軸に近いスラブ上面で逆断層p型地震M6.3が起こった後,11月15日に正断層t型の海溝外地震が起った.これらの地震は太平洋スラブの沈み込み障害が除かれ,太平洋スラブ引きが優勢になったことを示している.翌11月16日に起こったマリアナ海溝域で逆断層p型の海溝外地震は,この太平洋スラブ引きが太平洋プレートに広く及んだ影響であろう(速報18,2011年11月:図31).

図58:2005年宮城県沖地震および三陸沖地震.2005年7月2日から11日15日の日本海溝域の地震活動図.7月2日と7月6日の地震が2012年5月の三陸沖地震域で起こっており,8月16日のM7.2が宮城県沖地震.
2012年5月の三陸沖地震の起こる前の5月6日と5月16日にも宮城県沖地震の震源域でM5.2とM4.8の逆断層p型地震が起こっていることは(震源震央分布図「東日本(2012年5月)」),今回の三陸沖地震と宮城県沖地震が関連していることを示唆している.
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