新妻地質学研究所速報29(2012年8月4日発行)2012年8月の地震予報,千島海溝域の活発化と応力場オイラー回転解析

1.2012年7月の地震個数

 2012年7月末で,本年発生した地震個数は255に達した[2012年日本全域CMT].気象庁は6月10日から「自動発震機構解リスト」のメンテナンスを開始して停止していたが,7月6日から再開した[2012年7月日本海溝域IS].

 7月のCMT震源個数は36個と活発化している[2012年7月日本全域CMT].日本海溝域は17個と47%になったが[2012年7月日本海溝CMT],東日本巨大地震前16年半の44%にまでは減少していない.

2.東日本巨大地震後三つ目の宮城県沖地震と日本海溝スラブ

 心配されている三つ目の宮城県沖地震が予想される牡鹿半島北方沖では7月9日M4.5と7月13日M4.5が起こったが,中旬以降は静穏化した.

 7月下旬になって,最上小円区中心軸付近で日本海溝沈み込みスラブ不足に対応する裂開tr型正断層型地震(速報28)M4.5・M4.9が福島県沖で7月20日と7月21日に起こっている.この裂開地震はスラブ上面より上であるが,沈み込み障害が除かれたためか,鹿島スラブ過剰域海溝側で7月26日に圧縮p型地震M4.6そして 7月29日に海溝外正断層引張t型地震M4.5・M4.5が起こっている.この海溝外地震に対応するかのように沿海州沖の深度528kmでM5.7のスラブ内地震が起こり,7月17日にも深度391kmでM4.7が起こった.小笠原海溝域では7月27日に深度301kmで調整移動nt型M5.8が起こっている.

 宮城県沖地震はスラブ沈み込みに伴って起こることから,7月中旬以降の静穏期の後に起こることも予想されるので警戒が必要である.

3.千島海溝の地震

 日本海溝域以外で注目される地震活動は,7月7日から15日に千島海溝域の得撫(ウルップ)島沖の沈み込みスラブ上面付近で起こった10個の逆断層p型地震と根室沖の正断層t型地震である[2012年7月日本全域CMT].この震源域は1780年にM7.0,1918年にM8.0が起こっている(宇佐美,2003).この震源域のスラブ内では正断層t・tr型地震のみで逆断層型地震は東日本巨大地震前16年半に起こっていない[日本全図(年別)].巨大地震後にもスラブ内の逆断層型地震は起こっていない[日本全図(月別)].

 この得撫島沖の地震は,7月7日9時56分M5.2によって開始され,7月8日20時33分にM6.2の最大地震が, 7月15日2時36分に最後の地震M5.1が起こった後,7月15日23時34分に根室半島沖で正断層t型M5.0が起こり千島海溝域の地震は終息した(図66;表8).

図66:2012年7月に起こった千島海溝域の地震の応力場オイラー回転. 灰色+印:1918年9月8日M8.0の震央.黒+印:応力場の基準とした最初の震源.棒印:応力場オイラー回転のオイラー極方位で色はオイラー回転角.

表8:得撫(ウルップ)島沖の地震の応力場オイラー回転

 今回の地震は東日本巨大地震の前震と異なり,震源がスラブ上面より上で起こらなかったので,スラブ内の地震活動で納まり,プレート境界型の大地震に到らなかったと考えられる.

 この地震と対応するように北海道の宗谷と襟裳岬で中層と上層地震が7月6日から7月26日に起こっている[2012年7月東日本(月別)IS].

4.CMT発震機構主応力軸方位変化の定量的解析

 CMT発震機構解から得られる応力状態は,地震予報にとって重要な情報である.震源域を破壊する本震が起これば,応力状態が変化し,地震活動は終息に向かうことから,応力場の変動は前震と本震の判定に不可欠である.

 応力場は圧縮主応力P軸・引張主応力T軸・中間主応力N軸の直交する3つの主応力軸方位で表現される.応力場が変動すると,3つの主応力軸は球面上を一緒に回転する.T軸が上を向いていると逆断層型,P軸が上を向いていると正断層型,N軸が上を向いていると横ずれ断層型の発震機構型に判定される.

 この主応力軸の回転は,「球面上の移動は,球面上のある1点の回りの回転で表される」と言う「オイラーの定理」を用いることによって定量的に取り扱うことができる.この回転の中心となる点を「オイラー極」と呼び,その回りの回転量を「オイラー回転角」と呼ぶ.この「オイラーの定理」は,大陸移動を定量的に判定し,プレートテクトニクスを確立するために用いられた基本定理である(新妻,2007・2009).

 今回開発した応力場変動解析法では,変動前と後の応力軸の方位を用いてオイラー極の方位とオイラー回転角を算出した(表8).回転角の符号は左回りを正としている.

 得撫島沖の地震について7月7日の最初の地震M5.2(黒+印)の主応力軸方位を,以後の地震主応力軸方位に変化させるためのオイラー回転のオイラー極方位を棒線で地図と断面図に示し,オイラー回転角を色で示した(図66).

 応力場のオイラー回転角は20°以下で,7月11日M5.8の17.1°が最大で,7月8日のM6.2が16.1(黄緑色)と続くが,10°以下(青色・黒色)が5個と半数を占める.7月15日の得撫島沖の最後の地震M5.1の21時間後の根室沖の地震M5.0は正断層t型と発震機構型が異なり,オイラー回転角は35.89°(赤色)である.

5.東日本巨大地震前震との比較

 2011年3月11日の東日本巨大地震に先立ち2月16日から起こった地震は,本震と同じ応力場を示す発震機構であることから,筆者は前震と判断している(速報28).この応力場の同一性を応力場変動解析法によって再検討してみる(図67;表9).

図67:2011年3月11日の東日本巨大地震M9.0の前震と同日余震の応力場オイラー回転. 黒+印:応力場の基準とした2月16日の最初の震源.棒印:応力場オイラー回転のオイラー極方位で色はオイラー回転角.

表9:東日本巨大地震の前震・本震・同日余震の応力場オイラー回転

 前震M5.5は2011年2月16日4時1分にスラブ内の最も深い深度38kmで開始された(黒色+).この最初の前震の主応力軸方位を基準にしたオイラー回転角をその後の地震についても解析する.2月22日の地震M5.2までの回転角は5°以下(黒色)と殆ど変化ない.2月26日の前震M5.2では7.0°(青色)と少し変化する.2月27日は本震域の反対側の福島県沖でM5.2が起こるが,応力場は6.4°である.3月9日昼に深度8kmの海底近くでM7.3の最大前震が起こったが,最初の前震の応力場から5.2°のオイラー回転角しか変化しておらず,スラブ内から海底近くまでほぼ同一応力場であったことを示している.

 最大前震後の3月9日夕方から海底近くの深度7kmから13kmで起こった地震の応力場オイラー回転角は43.4°(赤色)から74.7°(ピンク色)と大きいのは,最大前震による浅所破壊による局所的な応力場変動であろう.74.7°と回転角が最大のM5.3の発震機構型は裂開tr型になっている.3月9日深夜のM4.7は深度26kmのプレート境界域初の地震であり,沈み込むプレートのスラブと海底側のプレートの境界で破壊が開始したことを示している.

 3月10日に入った深夜の深度9kmから36kmのM6以上の3つの地震の応力場オイラー回転角は,スラブ上面の深度29kmで1.6°,海底近くの9kmでも5.2°とこれまでの応力場が保持されていることを示し,3月9日昼のM7.3でプレート境界域の起震応力の開放がなされていないことを示している.深夜のM6以上の地震の中でスラブ内の深度35kmのM6.3のみがオイラー回転角が12.9°と海底近くやプレート境界域よりも大きいのは,スラブ内においてのみ応力場変動が開始したことを示している.10日の朝と夕方のスラブ内地震では応力場が16.3°(黄緑色)と8.5°(青色)と回転したが,深度23kmのプレート境界域のM5.4とM5.2の地震では回転角5°以下(黒色)と同一応力場が保持されている中で18時間半の静穏期の後,プレート境界域で東日本巨大地震の本震に致った.本震の応力場は最初の前震の応力場から4.4°異なるのみで,起震応力場が2月26日の最初の前震から一定に保持されていたことが分かる.

 本震後,北で起こった第一余震M7.4のオイラー回転角は4.2°,南の第二余震M7.5も5.6°と広域に均一な応力場にあったことを示している.海溝外の第三余震M7.5の応力場は64.6°回転して,正断層型になっているが,第一余震・第二余震同様,オイラー極の方位が日本海溝に平行しており,太平洋プレートの沈み込みに直接関係していることが分かる.本震以後,本震域と前震域の地震は途絶えたことから[東日本(月別・年別)],起震応力が本震によって開放されたのであろう.

 2月16日から開始された地震の発震機構が,東日本巨大地震の発震機構と一致することが本解析によって示されたことから,前震であったと結論できる.近年の地震観測記録処理の進歩によって地震後8分以内にCMT解が求められるとのことである.CMT解が求まれば直ちに,本報告の解析法を適用できる.今後の的確な地震予報の実現のために,更なる実績を積み上げ,その都度,速報にて報告する.

引用文献

新妻信明(2007)プレートテクトニクス-その新展開と日本列島.共立出版,320p.

新妻信明(2009)プレートダイナミクス入門,共立出版,276p.

宇佐美龍夫(2003)日本被害地震総覧.東京大学出版会,605p.

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